2017年 3月

 1(水)
昨日アップしたつもりだったが・・・アップしてなかったのです家を出てから‪遥かに見える早池峰の白い姿が目に届いていた。盛岡に近づく汽車の窓から珍しく岩手山がくっきりとしていた。空気が澄んでいるのだろうが、西に連なる山々はいつもの雰囲気なのに、岩手山が光るように見える。岩手山がはっきり姿をあらわすと何故かうきうきした気分になる。車に乗っている頃は毎年早池峰の麓を走るのが好きだった。小一時間走ると早池峰神社まで行ける。大迫の町から左に折れて、暫く走ると突然にあたりが神々しくなる。『神々しい』意外に表現できない不思議な感覚は、そこを訪れる度に感じたもんだが、今日は岩手山にも神々しさを強く感じ、懐かしい気分になった。バスで通る開運橋から見える筈だとケータイを取り出して構える。一回のシャッターチャンスに想いを込める。大成功。汽車の窓から観たとは光が変わったようだがうまく撮れていた。


 8(水)
昨夜からの雪でまたまた白い世界に。風が冷たい。今夜も雪になって寒いらしい。★パソコンに音声を録り込み波形を編集し音源をつくるようになり12年になるんだね。カフェほうほうをやっている間はヘッドフォーンでモニタしていたが、最近はスピーカー中心でやっている。小型スピーカーをパソコンの横に直に置いているので音を確認するには『カガミコンデ』いる。その姿勢での作業は疲れるのだい。そこでスピーカーを程良い高さに設置する台選びを考えている。始めはレンガやコンクリートブロックかな、と調べるうちにいろいろの材質があり、それらによって音が変わって聞こえると気付き、改めてスピーカーを『より良く鳴らす』方法を学んでいる。パソコンテーブルは合板なので共鳴するようだし壁との距離も考える必要があるようだ。


12(日)
うちの福寿草が咲いたよ、と伺い見せてもらった。こんなに寒いのに咲くんだね。太陽に向かって咲く福寿草の花びらの色が、寒さにちぢこまっている身体をほっこりとあたためてくれる。あちこちで小鳥が集まってチュンチュン、おしゃべりしている。吹く風の冷たさのなか歩くオイラに『すこしづつあったかくなったねえ』『はるはすぐそこにきているね』というふうに会話しているように聞こえる。☆大震災から六年が過ぎた。もう六年とも、まだ六年とも思える。沿岸で被災され仮設住宅で暮らす方々に音楽を届けて少しでも元気になってください、と思ったオイラが逆に元気を頂戴した記憶が蘇る。人様とのつながりってありがたい。たくさんの方々に支えられ生きているんだなあ。


13(月)
珈琲を淹れカフェオーレにして、いままで文庫本を積み上げた上にあったスピーカーをテーブルに『直置き』して編集中の音源を聴いている。そんな休憩中に、土の感触を恋しがっている自分を感じるこの頃。畑づくりの真似事、今年はどんなものを育てようかと想いを巡らせている。去年の里芋は非常に美味しかったので、今年は収穫量を増やせたらイイとか、食いしん坊は味の記憶が強い力をもっている。カボチャも美味しかった・・・などと味の番付ができあがっている。長ネギを植えかえして一年かけて美味しく育てたい。音源編集の合間に、芽を出したニンニクに肥料を播く。早池峰の雪も大分とけはじめているように見える。


23(木)
遠いご先祖様の経験によって培われた、想いのようなものの存在を感じることがないですか?自分の遺伝子のなかに在って、何かの拍子にヒョッコリと現われ、一体これはなんだろう?と首をひねったりすること。幼い頃初めて聞いた外国の音楽に妙な親しみを感じることが度々あった。初めて見る景色なのに懐かしい記憶を感じたり。初対面の方に遥か昔から知り合っていた筈だと思え不思議なご縁だと思ったり。★十八年いっしょに暮らしたワンコ、『じょにこ』にも、そんな想いを感じて、オラ〜昔犬だったのかなあ、とじょにこと見つめ合ったことも何度か。彼女との朝夕の散歩中にはいつもオシャベリしながら歩いたもんだった。