2015年 1月

11(日)
また二ヶ月余りサボっておりました。
パソコンのモニタ画面が映らなくなり、メーカに修理して貰いました。
本年も宜しくお願い申し上げます。


外に出てみると白い世界が広がり、屋根に残った雪が明るい陽射しで解け雨どいのなかでポトンポトンとリズミをくりかえしている。山羊の兄妹の可愛いがトボケタ声が届いてくる。後ほど会いにゆこうか。☆午後になって山羊の兄妹に会いにいったら昼寝の最中だった。小屋の入口近くの日溜まりでウツラウツラしていて、声をかけると『眠いよう』とホンの一瞬目をあけるが、ご覧のとおり夢に戻っていった。☆ケータイのカメラで撮った画像をパソコンに取り込む方法を忘れてしまった。時間をかけて『SDメモリを読み取らせる』工程を思い出す。二ヶ月の間にすっかり忘れちまった。トライするがケータイにSDチップが入ってないのに気付き、セットしてSDにコピーし、再度リーダで試みるが、読み取れない。今日はここまでにギヴアップだ。ナンとかトライして画像を載せたいが・・・。ボケちまったなあ。


12(月)
昨日挫折したケータイで撮った昨日の山羊兄妹の画像を、此処にどうやったら載せられるのかを考えてみたが、ヤッパリよく判んなくて、アーダコーダやっているうちにアップできた。修理前の画像編集のプログラムに出遭えたのだ。見覚えのあるトリミングとかサイズを小さくして圧縮とかしてから、HP書き込みソフトの画像管理に登録できた。大汗かいたよ。以前長期のサボタージュの後はHP書き込みソフトを開く『暗証番号』さえ忘れ去っていたが、今回はギリギリのセーフだった。☆山羊の兄妹だが、いつだとオレの足音を聞くと囲いの柵の間から頭を出して挨拶してくれるのだが、ご覧の様に昼寝のお時間で、声をかけても一瞬目を開けるが、ムニャムニャして又ネンネする。奥にいるヤツはオレから食べ物を貰った夢をみているのか、満足顔でパクパクしてる。


14(水)
昨日、盛岡の講座の帰りの汽車で東和町の友人と遭った。釜石行きの快速に乗り込んでから、年末に珈琲店で貰ったカードの小さい文字で書かれた有効期限が切れちまったかどうかを目を凝らして確認してた。期限切れだあと判りコートのポケットに収めていると、隣りに座っていた人が元気な声で名乗りを挙げた。顔を向けると、インフルエンザ予防かと思われる大きなマスクで顔は確認できなかったが明るい声で、直ぐKさんだとわかった。ひげさんをカフェほうほうに連れて来たくれたKさんだ。挨拶もそこそこに次から次へと話が弾んだ。東和町に移住する何年か前に町中で盛り上がった映画作りの話で、土沢に着くまで大盛り上がりで、家に帰ったら喉が異常にに乾いていた。人様に逢えるって素敵なことだと感激。★駅からの道路の圧雪された箇所が、滑りやすくなっていて何回もコケそうになり、その度に『オットット』と気合いをいれたせいか、帰宅後フクラハギがつりそうになっちまった。


15(木)
今日は珍しく6℃になるというので、朝食後に外に出てみた。雪が大分とけて畑の土が少し現われていた。期待していた陽射しは少ないがピリピリする寒さが薄れているように感じたが、家に戻るとクシャミを連発。TVで東和町の気温を観ると2.5℃、6℃まで上がるのかい?★パソコンが壊れていた2カ月間、毎日レパートリーの歌詞やハーモニーを再確認していた。眼病の発覚後は楽譜や歌詞を見ずに演奏できるように意識しているが、いつの間にか間違って憶えてしまった部分が多々あった。これらの修正は毎日の練習が大切だ。間違いを正すために辞典を開くが、細かい活字なので読むのに苦労した。その点パソコンでは読みやすく、拡大鏡の恩恵に与っている。★オレ達が中学以降学んだ英語の発音と現在では随分変わっているので、このあたりの修正も必要だし。★秋口に着たセーターに袖を通すと、草の実が頑張ってシガミツイテいた。花たちもそうだが、冷たい雪の下にはこれらの生命力が息づいているんだなあ。この二本の針で我ら人や動物に取りついて、新たに生きる処を開発する種子、ゴミ箱へ入れず、外の土の上に置いてみたよ。★スッカリ忘れていた画像の取り込み方も何となく思いだしたよ。錆び付き始めたノーミソが動き出したようだ。


18(日)
ケータイで撮った画像を載せる手順をやっと思い出したよ。ケータイ内のSDカードへ移して、SDカードをパソコンにつなぎ読み取らせる。この時に以前使っていた『読み込むプログラム』を思い出せなかったんだ。★よく買い物をするスーパーの隣り。此処の竹藪でスズメ達がオシャベリをしているのをよく見かける。カメラを向けると一斉に居なくなってしまうのだが、しばらく立ち止まって枝に戻る彼らにゴメンゴメンしてる。★『いい人』にに出逢えるってありがたいなあ。胸の辺りがふわっとあたったかくなって言葉では表せね歓びが広がってくる。人だけじゃなく、いろんな生命からも同じくこころがあったまるものを届けられているようだ。言葉を使わぬ野の花であったり小さな動物達からも、たいせつなものを教えてもらったりして、チヂコマッテいたりネジレテいるものを解きほぐしてくれる。アリガトとつぶやくことしかできないが。☆かなしく、つらい状況の方々に沢山のやさしい、あたたかい想いがたくさん届きますように。


22(木)
今朝も寒かったよ。☆夕方白鳥が鳴き交わしながら飛んでいる。多分北側の池に帰るところだろう。今年は何羽位渡ってきているのだろう。車の運転を控えてから三年目にはいり、白鳥達に逢いに行けずにいる。福寿草にもご無沙汰だ。先週は盛岡で岩手山の見事な姿をバスの中から見かけ、急に早池峰山の姿を見たくなった。岩手暮らしが始まってからは毎年何回か早池峰の神々しい姿を間近に感激していたが、この三年は家の近くから山の頂を見るのみ。家から小一時間走れば早池峰の麓に行き、何回も『身体がシビレルような不思議な音を伴うような神々しさ』に出逢える幸運にあずかった。東京に住んでいたころから、よく大迫から遠野あたりへとドライヴしていたが、不思議にも極自然に早池峰へと案内してくれた♪Take Me Home,Country Roads♪ってところだなあ。有難いことだ。


23(金)
早池峰山の『神々しき音』というのは、言葉では表現しにくいのだが、『ビィーンと張りつめた何かが振動する音』か、大迫の町を後ろに暫く走り早池峰ダム辺りに辿りつくと、この姿がいきなり現われ、その不思議な音を感じるのです。初めて麓から観た早池峰の山自体が修験道の信仰の対象であり修行の場であることが納得でき、近づくにつれて、その神々しさは音に痺れるような感覚になる。東京から遊びに来ていた頃は、もっと遠くから眺めていたが、岩手暮らしを始めてからは晴れた日に家からも見える早池峰の存在は次第に大きくなり、年に何回かは車からだが、より近くで眺めては不思議な感動を味わっている。


24(土)
アメリカのLちゃんから手紙が届く。彼女が毎週末、店に来ていろんなことを話していたのは早いもので15、6年前になるんだなあ。帰国後に結婚して6歳と4歳の娘がいる。帰国後三回目の来日時、店に連れて来たB君がご主人。はじめは日本語だった手紙は回が重なり英語になって久しい。今回の手紙には子供らの文と絵が添えられ、近況を伝えている。☆ALTとして頑張っていた二年間、辛いこと嬉しいことを話していた。その間には彼女の母上や妹さんにも逢え、親密な時間を楽しんだ。以前にもブログで述べたが、はじめは互いの語学力のなさで、週末の会話のあとはヒドイ頭痛に悩まされたが、そのうち彼女の日本語が上達したので助かった。☆4歳の娘さんが描いたのはドリームキャッチャーで捕えたハートのようだ。オレ達のことは両親から聞かされているようで『大〜好き』と幼い字で書かれている。☆昨日、早池峰の不思議な神々しさを思い出していたが、今朝の手紙へとつながり、よろこびを感じています。


26(月)
HPの更新をサボっていた頃、『おい、HPの更新が途絶えてるが、大丈夫か?』とアチコチから安否確認のお便りを頂戴した。パソコンが壊れ、ナンだかメンドークサクなっちまってと言い訳してたが、歳だから『オッチンダノデワナイカ?』とご心配させてしまったんだろうと大いに反省しております。『便りのないのはイイ知らせ』などというのは若い頃の話で御座る。☆近くを歩いてたら、久しぶりにシャガレゴエカラスが電信柱の上から声をかけてきた。声はシブイが可愛いもんだ。鳥インフルエンザ流行の折なので『元気でやってるか?このあいだ雉が道端に落ちていたのを見たので心配してたぜ、それにしても寒いなあ』と挨拶。ヤツもギャ〜と頷く。更新サボタージュのオイラが云うのもナンだが、健やかな近況を伺うのは嬉しいもんだ。★最近すっかり長時間の読書が苦手になっている。すぐに疲れちまうんだ。その点パソコンでは読み書きする活字の大きさを設定できて便利だ。ブログの文章もメモ帳にフォントを14ポイントで書いている。


28(水)
また寒くなって今日の気温はマイナスのままのようだ。しかし昼間の時間が延びている。4時半に真っ暗だったのが、4時45分でも明るさが残っている。日の出が早まり日没が遅れるのが実感できるこの頃になると待ち焦がれる春の訪れをウッスラ感じてさあ、嬉しくなるんだ。東京では冬のつらさを殆ど感じてなかったが岩手の厳しい冬を知ると、その閉塞感の大きさは毎年増し『長〜い!長すぎる』とボヤイテいる。昨日は歩道の雪も大分解け歩きやすくなり、ホッとしたが、歩くたびに『ああ危なかった。もう少しでコケルとこだった!』と危機一髪を味わっているのはかわらない。☆先日のシャガレカラスも電柱の上で、翼を広げて吹く風に春を敏感に感じていたようだった。


30(金)
また雪に覆われ、更に降りつづく雪で世界は白く霞んでいる。寒いぜ。★東京を離れて17年も経つと、時折生まれ育った処を想い出すことがある。こころの奥深いところに潜んでいたものが、唐突だが鮮明に現われてビックリ仰天。小学校入学直後、初めてどちらからともなく手をつないで歩いた女子の顔は定かでないのだが、歩いた道筋や、その子のご両親の面影はシッカリ蘇ったり。その子は後に都議会の議員さん。オイラが生まれた品川は、当時まで浅草海苔の産地、海苔を天日で干す光景の中を走り回ったときの海苔の匂い、海辺で見つけたクラゲの感触、夕焼け空の燃えるような色と遠くから響く5時の終業のサイレンの音色。その時オイラは母の背におぶさっていたから、かなり幼い頃だったり、思いがけない場面の数々。


31(土)
幼かった頃の記憶復活の大きなキッカケになったのは先週のこと。音源編集の作業中に聞こえてきた“カズオ!カズ〜!カズ〜!”と叫ぶ声だったようだ。『ひとの名前を何回も、何回も叫ぶのは誰だぁ』と工房を出て覗いてみるとTVドラマの中のワン・シーンでミーはゲラゲラ笑っていた。幼かった頃の呼び名で追い回される主人公の回想シーン。久しく聞かなかった『呼び名』が懐かしい事柄の数々を掘り起こしたのだろう。★午後の雪道散策の時、道路脇のクボミから飛びだしたシャガレガラスの挨拶まで“ カズ〜 ”と聞こえちまってドキッとしたぜ。この時期は決まった電信柱の上から声をかけてくるのに、今日は足元からの声かけ。オマケに『エヘヘ〜』と笑うように急いで何時もの電信柱に飛んでいった。