2016年11月

 4(金)
米国に帰ったLちゃんから来日中の家族の写真を添えた手紙が届く。又十年後に来ると云う。逢えると嬉しいのだが。☆日に日に寒くなっている。オイラの脳裏にはついこの間草むしりをした日の暑さが残っている。食いしん坊は里芋の食感が恋しくて、一番大きく育った株を掘ってみることにした。周囲にスコップを入れて株の根元を浮かす。太い茎を握る。思った以上に太い。期待を込めて抜き上げる。土に覆われた固まりだ。土の上に葉を広げて芋を置いてゆく。随分あるぞ。茎に付いている親芋以外を眺める。小さな苗だったのが大きく育ちたくさんの芋になった。食いしん坊は大感激。今回は一本だけ。残りの里芋と育ててくれた畑に感謝の一礼。ありがたいこっちゃ。


 5(土)
つくった音源から人間の聴覚では感知できない『超低域』を削り取っている今日この頃。聴こえない筈のこの部分を削ると聴こえる部分が『ハッキリクッキリ』してくる。この聴こえない音域は一度削っても、低域の編集をしていると、聴こえない音域が膨らむようだ。しかし、この超低域を聴こえないから全部カットし過ぎると全体の音質に影響するようで非常に難しいことこの上なく、耳が直ぐに疲れてしまい、偽分転換に外に出る。☆春にみつけた『むかご』が増えている。掘れば山芋を発見できるのだろう、と以前掘ってみたがナカナカ辿りつけずに断念した。が毎年『むかご』ご飯一回分楽しんでいるのだが、そのツルが長く伸び、沢山の『むかご』を付けているではないか。『むかごご飯』数回分の量だぜ。一見すると焙煎した珈琲豆みたい。


 6(日)
このところ続けている音源編集は、人間の耳には聴こえない部分を削ることで聴こえる音域部分への影響を聴き分けること。疲れた。☆畑に残った里芋を掘り上げ、美味しそうな芋を収穫。去年育てた倍の十株がお見事と感嘆する量だ。畑に残った葉と茎が旨そうに思える。芋が付いていた茎を食べてみる。こりゃイケるぜよ、とニタリ。だが暫く噛みしめているとエグミが口のみならず喉へと広がってくる。急いで吐き出す。でも茹でればオッケー牧場でないかい?食いしん坊は口をゆすがずに家に入り鍋で湯を沸かし数分茹で水にさらすこと数回。暫く水に浸け置き、編集に戻る。☆口に残ったエグミ気になり珈琲でゆすぐ。そうそう実行中の編集は『エグミを取る』作業そのものだと気付く。


10(木)
昨日の昼過ぎから降り始めた雪で白い世界になって、玉ネギの苗もびっくりしてるようだ。大分前から低温になって、このまんま冬になっちまうのかい?もう少しは秋だろう!と案じていた。☆音源編集での『エグミ取り』って正にピッタリだと思う。里芋の茎をかじってから喉の辺りにイガイガ感が数日残っていた。里芋の茎はエグミを除けば非常に美味しい。超低域をシッカリ取り除き、各楽器の倍音が極端に集まる音域を程良くカットして、今まで感じていた『エグミ』が少なくなったようだ。☆ゆっくり紅葉を観賞する前に白い世界になっちまい勿体ないぜと呟いていたら明るい陽射しがやってきてちょっぴり微笑んでいたが、冬の雲が覆っちまった。


12(土)
昨夜の最低気温がプラスだったので残っていた雪が解け窓越しに見える景色は少し秋っぽい。☆音源編集での『エグミ取り』云い得て妙だが行うは難し。超低域を削った後で必要以上施した部分を削り取る。不足しているベースを得るためにベース部分だけのトラックをつくる。オイラの声の低域部分を若干削る。大分自然な音に聞えてきた。楽曲はトム&ジェリースのスタジオ録音したもの。クラシカルなC&Wを元にしたムッシュかまやつの作品、スタジオに遊びに来ていたジミーさんが生ギターで参加している。最近の『エグミ取り』作業で中域に集中する倍音達を削る。これも可也の効果だ。オリジナルの音源にコーラスを新たに加えたのでコーラスの低域も少し削る。結果としてベースの音がはっきりしてきた。☆ボブ・ディラン氏のノーベル文学賞への発言、彼らしいと思う。彼の受賞が決まり祝賀会をやりながらUAS for Africa-We Are the Worldのメイキングビデオを久しぶりに聴いた。素敵な音楽ができ上がる過程はホントに素敵だった。ボブの歌も素敵だった。


16(水)
USA for Africa-We Are the Worldのメイキングビデオで「歌い方が判らない」と云うボブにスティーヴィーがボブの声を真似ながら「こんな風でイイんじゃないかい」とピアノを弾きながら歌う様子が印象に残っていた。楽曲制作の趣旨を伝え、人集めに奔走したバナナボートソングのハリー・ベラフォンテ氏の歌う様子もイイ。オイラが昔観たメイキングビデオが見つかったので差し替えました。★その食べ物を誰とどのように食べたかという記憶は食いしん坊にとっては大きい。☆東京を離れてから小松菜の香りが恋しい。あの独特の風味は東京の風土のせいか、岩手の小松菜は何かが違うと感じながら、小松菜の種子を播き出て来た双葉。冷たい風で成長は遅いが、期待は大きい。岩手の小松菜は若いうちに収穫するらしく、東京の小松菜のように葉の黒さが薄い。大きくなったらドンドン食べたい。中華風の炒め物、イイなあ。お浸しも炒めてもイイ。油揚げとの炊き合わせなんかは大好きだ。収穫時期を味の違いもチェックしたい。東京時代の小松菜の味、懐かしい。


23(水)
左右のスピーカの中央に居るはずの楽器が右に寄り過ぎているのが気になりながら外の空気で深呼吸する。ふるえながら、音源の録音時に金属のこすれる音があるとオペレータからの指摘があったのを思い出した。ドラムスのキックペダルにグリースを施しオッケー牧場となった。☆冷たい風によって吹き寄せられた裏の林の樹木の葉っぱたちが畑の土を覆っている。此処に吹く風は強い。西側の小高い丘に向けてピューピュー音を立てて吹いているが、今日は北から非常に寒い風が吹いている。畑に残ったアスパラガスの葉も緑から黄色くなりかけている。長ネギの葉も枯れ始め土の下の白い部分が太ってくる。本格的な長い冬に入っちまった。全国の天気予報を見る度に『やっぱり岩手は一年の半分が冬だ』と思ってしまう。小松菜の成長もゆっくりだ。この寒さの中で大きくなれるのかい?と声をかけちまう。しかし寒さが葉物を美味しくしてくれるので、根元に土を寄せる。冷たいけど頑張ってくれよ。東京にも雪が降る予報。混乱しないとイイなあ。


25(金)
寒い。今朝はマイナス7℃まで下がったそうだ。畑の土も枯れた草の葉も寒いだろうに『大丈夫だよ!』と肩をすくめながら我慢している。昨日が今日になる頃が最高の気温で、その後気温は下がりつづけている。東京では雪が降り大変だったろう。熱いジンジャーティーを淹れ一口二口飲むが、アッと云う間に冷めてしまう。☆右に寄りすぎる音像を少しづつ中央に寄せている。中低域自体が右に寄っているので、右チャンネルから、その音域を削り左チャンネルに若干足している。少しづつ様子を聴きながら調整。常緑の葉を残した林も凍えているように見える。


27(日)
白い綿毛が道端で冷たい風にゆらゆら。冬の枯葉色の世界にそこには緑の葉も少し残っている。お陽さんが顔を出していれば綿毛の白が光に映えるんだが。思い立ってウォーキング、コートの袖に手首を入れ、ボタンを全部して歩きだす。ご近所の仲良しわんこも小屋の中でまるまっているようだ、姿を見せない。しっかり着込んだ方とすれ違う。時々お見かけするウォーキング仲間だ。道の両側は田んぼ、枯れた稲の根株が寒そう。他に歩く人はいない。寒い。多分45分コースの折り返し点に付き足首をくるくるしていると、うっすら汗ばんでいる。帰りのコースはコートのボタンを上からひとつづつ外しながら歩く。車は通るが人の姿は見えない。遠くで子供らの黄色い声が楽しそうにしているが。背中が熱くなるペースで帰ってくる。道端の綿毛、逆光で撮れれば、風に乗って飛んでゆく希望の未来を伺えるのになあ。夕方は畑の端っこで家の周りの草を焚火。暗くなるのが更に早くなった。


30(水)
地上部が枯れたので春一番の山菜、うるいのやさしい味わいを思い出しながら株分け。しっかりした刃物がないと難しそうだが、家には包丁とノコギリしかないので包丁を選らんだ。☆うるいが家にやってきてから傍に生えていた茗荷が妙に元気になり年々勢力を広げ、今年はうるいの居場所を凌駕してしまった。地上部が枯れる前に茗荷から遠く離れた花壇の薔薇の傍に移動して株分け、腐葉土をほどこし量産を狙っているのです。植える場所も掘り返し、少し深めにし乾燥も防ぎたい。ご馳走になった後の清々しい葉の茂り、静かな花の様子も大好きなので元気に育ってほしい。