2016年 2月

 1(月)
あっと言う間に2月になってしまった。中学の卒業謝恩会でオイラと一緒に歌ってた女の子の名前を思い出した。一人は眼病のために田舎暮らしをしていると誰かに聞いたのか電話で見舞ってくれた。もう一人は大学時代のバンドに参加してくれた子だった。そのシーンを先生が写真に撮っていただいてたんだ。記憶の彼女たちは中学生のままだ。★コタツにパソコンを持ち込みブログの更新をし終わると南側の窓から差し込む午後の明るい陽射しが直接目に入り、パソコンのディスプレーが見えなくなっちまった、電源を抜いてコタツから工房のテーブルへ移る。足元が寒いが、始めようとする音源編集をスピーカでモニタできる。工房の電源につなぎ、編集画面を開くとパソコンの小さなスピーカからいきなり音源が鳴り出した。再生ボタンを押したのだろう。画像のオーディオインターフェイスのUSB接続端子を外したままだったから。久しぶりに聞くパソコン本体の音が流れている。インターフェイスを導入したのは6年前なので、それまではパソコン本体からの音をヘッドフォンでモニタしていた。しかし低域の編集をするにはヘッドフォンでは間に合わない。特に40hz以下の音域は。この辺りは低音の空気感を表すが過剰な低域は重い音源になってしまう。オイラの音源はかつて演奏した全国のコンサートホールの残響を意識している。オイラの好みは低域から高域までバランスがとれた残響のある音場づくりかもしれない。


 2(火)
今朝は寒かった。皆様お変わりありませんでしたか?日中も氷点下のようでプルプルしている。畑のニンニクは秋の内にいくつかが芽を出していたが今は雪の下で春の訪れを待っている。★オーディオインターフェイスとはどんなもんか?というお便りを頂戴しました。パソコンとは便利なものだが音声(オーディオ)の再生は不得意のようです。以前はパソコンのヘッドフォン端子から音をひろおっていましたが、オーディオインターフェイスをパソコンのUSB端子に接続し同じヘッドフォンから出てくる音の良さに感激しました。手のひらに乗るくらいのものでヘッドフォンとラインのアウトプットがあり、オーディオセットのスピーカからもモニタできます。パソコンと利用者の間で働くもの(インターフェイス)です。音源編集をするには必需品なので、機能によって価格もピンからキリまでありますが、オラのは2万円弱のもので間に合わせています。音楽をパソコンで楽しむにはお勧めです。


 3(水)
今日も寒いが陽射しがあって嬉しい。編集の合間に、いつもカフェオーレだが濃いめの珈琲を仏さまに供える。お仏壇の前に座るときは時々般若心経を唱えるほかは『ありがとうございます』を届けている。お線香と珈琲のかおりがたちのぼり、その香りが感謝の祈りをとどけてくれる。オラの珈琲好きは父の影響、ミルクなど入れるのは邪道だと云っていたが砂糖は『エ〜ッと驚くほど』加えるのだった。今日は砂糖無しなので珈琲そのものを味わってください。工房に戻り音源を流す。すると静かだった窓の外から小鳥の声が参加する。たまたま偶然鳴いているのだろうがつくった音源に興味があるように鳴くように聞こえるときがある。何回も同じ楽曲なので彼らも馴染んでいるのかな?仏さまのお下がり珈琲を頂戴しようっと。そうそう先日トライした活けた大根の在処は次の日に判り、美味しくいただいてます。大根おろしが旨いのです。


 4(木)
明るい陽射しに誘われて、住宅のない田んぼの方へ歩いてみた。雪が溜まっている、夏の間にときどき歩く辺りで冬の景色は初めてだ。道路の雪はほとんど除かれているが広がる田んぼは雪だまり、別世界のように見える。今朝から取り組んでいる♪Are You Lonesome Tonight?♪、ソロヴォーカルを支えるコーラス、ベース、ギターの低音域を編集していたが耳が疲れちまって外に出ると馴染みのシャガレカラスが『何処行くの?』としばらく付いてきて話しかけてくるが、彼らの縄張りの外に出たらしく『オラ―帰るから』と飛んでいった。往来する車は殆ど見かけぬ静かな処だが風の通り道なので寒い。いつの間にか陽射しがなくなっている。ほんのちょっと歩いたが寒さに耐えきれず戻ってきたら、電線に止まって待っていたのか『シャガレたカ〜』で迎えてくれた。冷え切った身体がこころの奥から暖まってきた。どれ、戻ってつづきの編集をするか。広がりのある音源にしよう。


 5(金)
『音源編集のモニタ』というのはナカナカ厄介なもんだ。スピーカとヘッドフォンで聴いているが、パソコン外部のオーディオセットにしてもヘッドフォンも、それぞれメーカ独特の音質設定されているし、再生音量によっても音源の表情が変わってしまう。このあたりの知識だってホンの少ししか持ち合わせてないので、音量を変えながらスピーカにしたりヘッドフォンで音源をチェックしている。この作業は『カフェほうほう』で厨房の仕事を始めるときを思い出す。『どの程度の塩加減にするか?』と迷い、岩手の方々の好みの塩加減を知ろうと、アチコチで食べ歩きしていた。結局ナンキョク、ホーソーキョク、オラが調理するのだから自分の好みでしかつくれない。そのような基本さえ始めて店を開くとなると大いに迷っていた。珈琲も同じ。長年飲んでいたものだって飲み比べた結果なのに、岩手にはもっと旨いと感じる珈琲があるのでは、と出かける度にリサーチしていた。★今でも音楽づくりのモニタは迷いに迷っているのです。好みの音源ができるまでアーダコーダと迷いまくっているのです。すぐに聞きわける耳が疲れちまい、外にでて自然の音に癒されているのです。


 6(土)
郵便ポストに行くついでにチョックラ歩いてきた、寒波がやってきて寒くなる予報だったが思いの外にアッタカイ。4月にボブ・ディランが来ると便りが届く。彼も大分歳をとっただろうに頑張ってるなあ。☆思い返せば東京では沢山のコンサートが聴けて幸運だった。中学1年生でアート・ブレーキ―のジャズメッセンジャースをはじめ、素敵な音楽に逢えた。一番印象深かったのはポルトガル、ファドのアマリア・ロドリゲス、彼女の音楽は凄かった。二十歳のオイラは仰天したぜ。若い頃に素晴らしい音楽に出逢えなかったら今のオイラの音楽は変わっていただろうと思いながら、通ったコンサートの音楽に感謝しながら、それぞれのホールの空気を感じている。期待した音楽はそれ程ではなかったが開演前の夕陽が最高に綺麗、なんてこともあったなあ。


 8(月)
昨夜は夢で活躍したようだ。音源編集をしながらどんな夢だったか思い出そうとしているが辿りつけない。寝入るまで肩から忍び寄る寒さを退治しようと何回も寝返りして身体に布団を巻き付けていた。最近思うのだが、寝返りの回数がグ〜ンと少なくなってる。明け方まで同じ姿勢で寝ていて固まった身体をほぐそうと慌てて寝返るなんて、ショッチュウだ。珍しく寝返りを繰り返したので、それが夢につながったらしい。どんな夢だったか定かでないが、明け方に夢での健闘に疲れて『チャント寝なくっちゃ』と思ったのを憶えている。☆若い頃に見て感激した夕陽の美しさを伝えるような画像が残ってないもんかと古いファイルの中を探し、結局見つけられなかった悔しさが夢に反映したのか。何回かブログに載せた土沢で見た夕陽の美しさ。やはり空気が澄んでいるので透明な美しさなんだが、若い頃見た夕焼けの東京の空は珍しく澄んでいて遠くの丹沢の山がくっきりしていた。ショ〜ガナイ、月の出のイイ画像を見つけたのでソイツを載せます。これも奇麗な空だった。


13(土)
いよいよボケたかと気にしていた。TVで国立競技場周辺の映像が映り懐かしく思ったが、その辺りから南へつづく道路の記憶が薄れているのに気付いた。最寄りのJRの駅からや、R246で渋谷へ移動はOK牧場!だが、少し南下した辺りが曖昧なのだ。一日過ぎても思い出せない。二日、三日と過ぎても思い出せない。気になるので都内の地図をネットで探し位置関係を確かめた。やはりこの辺りの位置情報がオイラの頭から抜けおちちゃってる。東京を離れて二十年経ってないのに記憶がボヤケちまってるなんてあるかい?!ボケたかと焦って地図を見る。ナルホドこの辺りには記憶に残る場所自体がないのだ。食いしん坊にとって旨いものを食べた記憶があればその場所の在処はバッチリさあ。あの辺りでは競技場の外壁でテニスの『壁打ち』をした位の記憶しかないなあ。


15(月)
トム&ジェリーズの『日本民謡 in New Country』の音源を編集している。富山県民謡♪こきりこ節♪。大変長い歌詞で平家落ち武者の回想があり日本最古の民謡と云われているのだろう。オイラの父方のご先祖様は近場の讃岐に定住したが、全国各地の民謡に平家落人伝説ある。☆『日本民謡をカントリーロックで制作するという大まかな企画』がもちあがりオイラなりに資料を集め調べた。民謡は子供の頃ラジオから流れていた程度でしか知らなかった。そのような代表的な民謡は明治以降につくられたものが多い、というのもその頃得た知識だった。五穀豊穣を祈る場でうたい、舞う姿が印象に残っている。典型的な今様で、その時どきの時代が歌詞に反映している。☆古くは♪こっきりこ節♪ともいわれ、オイラは冒頭の♪こきりこの♪を♪こっきりこの♪と歌った。富山の山奥に移住したご先祖様の友達を想いながら歌い、ギターにも想いを込め弾いていた。音源では右側に定位、左側でエレキギターの遠山さんが弾くスティール絃ギターのリズムが気持ちイイ。全ての音がトムジェリの音楽を構成。その一つひとつが損なわれぬような編集だ。ベースの辻田さんはピアノも弾いている。田中さんのドラム、特にキックドラムの細かいパッセセージ、谷岡さんはヴァイオリン、ハープに加え大正琴も。必要以上に施してしまったたEQ編集が歪みを生んでいる。ヴォーカルにもエンディング辺りのヴァイオリンにも。歪みをやっつけて、今でもこころに響いている『トムジェリの音』を表現できたらイイなあ。


水17(水)
トム&ジェリースの『日本民謡 in New Country』の音源編集がつづいている。今日取り組んでいるのは♪安里屋ユンタ(あさとやユンタ)♪。沖縄県八重山諸島の竹富島に伝わる古謡。琉球王国時代の竹富島に実在した絶世の美女、安里屋クヤマ(1722年 - 1799年)と、王府より八重山に派遣されクヤマに一目惚れした目差主(みざししゅ。下級役人)のやり取りが元歌で、画像は安里屋クヤマ生誕の地です。トムジェリのヴァージョンは後に共通語で改作された♪新安里屋ユンタ♪を元に全国的に歌われているものです。歌詞中の♪マタハリヌ チンダラ カヌシャマヨ♪は八重山方言の古語で『また逢いましょう、美しき人よ』の意らしい。どこの国の民謡も歌い継がれるうちに新しい歌詞が加わり一層広い地域に伝播するが、この歌も七七七五の調子で全国の民謡の歌詞で『替え歌』されています。英語のフォークソングにも遠く離れた国で同じ歌詞が別の曲で歌われ、同じメロディーで別の歌詞があったりします。レコーディングするときの歌詞資料にはオリジナルとかけ離れた詞だったので♪マタハリヌ チンダラ カヌシャマヨ♪に想いを込めてうたいました。


18(木)
朝夕じょにこと歩いていた頃によく見かけた方に逢い、ちょいと話ができた。思ったより打ち解けたお人柄だったのだと感じた。☆オイラは小学校の低学年の頃、道を歩いていて、飛び出してきた犬に噛みつかれたことがあった。素早い猟犬でオイラが獲物に見えたのかガブリと横腹を噛み地面に倒された。飼い主さんが慌てて取り押さえてくれた。オイラは泣きべそをかいたが、そのことで別に犬を怖く思うこともなかったし、その後その家の女の子と仲良しになったりした。しかい怖くて犬に近づけないひともいる。今日親しく話をしてくれた方もホントは犬が恐かったのかもしれないなあと思ったが、もしかしたらオイラが怖かったのかい。じょにこはどう思う?


20(土)
昔『ララミー牧場』という人気のTV番組があった。『ローハイド』よりちょっと後かな。その『ララミー牧場』にピアノを弾くおじさんがいた。ホンキートンク風のピアノを弾き歌っていたおじさん。オイラはそのおじさんが有名な♪スターダスト♪の作曲者のホーギー・カーマイケルだと後に知りビックリしたもんだった。ちなみに映画俳優としても知られている。ナット・キング・コールの歌が有名だが元歌はほとんどホンキートンク風で速いテンポで演奏されていた。やはり彼の作曲で有名なのが♪Geogia on My Mind(我が心のジョージア)♪、 レイ・チャールスの歌がイイ。この曲も速いテンポの元歌をスローバラードに編曲して世界中から愛されている。ヴォーカリスト達は一度はこの楽曲を手掛けていると思う。西部劇に登場する酒場で演奏されるホンキートンクからスローバラードでも歌い方で成立つスタンダード楽曲。このあたりの楽曲のアレンジはオイラの編曲のお手本になっていたのです。音源編集に疲れた耳を休める音源でもあるのです。


22(月)
時々ちいさな雪がひらひらしている。カフェオーレの牛乳を買いに出かけた帰り、信号の向こうで誰か自転車に乗った人がオイラの名を呼んでいるのが聞こえる。信号が青になりオイラが近づくのを待ってくれたのは大好きな庭園の設計・管理している友人。去年結婚した娘さんが男の赤ちゃんを産んだと嬉しそうに伝えてくれた。「そうかオヌシもジーちゃんになったんだねえ、オメデトウ」と握手すると満面に笑顔がひろがる。所用があるようなので短い会話で別れたが、オイラも幸せの気分になるとともに、あるメロディーがこころに響いてくる。Hugues Aufray(ユーグ・オーフレイ この表記 自信なし)が歌う♪Céline♪。ちょっともの哀しい内容歌だがオイラには娘の結婚を祝う友人のやさしい想いがかさなって聞こえている。アメリカのフォークミュージックの影響を受けたユーグ・オーフレイは一早くボブ・ディランをフランス語圏に紹介しています。彼の声を聴いてください。娘さんへの想いを歌う友人の声、友人を支えるご家族のあたたかい眼差しを思い出す音楽なのです。


23(火)
孫娘と同じ年頃だなあ、と大分前からその少女の存在に気付いていた。そこは盛岡のアーケードのある肴町商店街が車道と交差するところで、車の流れる側から交差点に向かっていた。そして車が途切れたので、その子は交差点を渡ってゆくのだと思ったが動かずに私が横を通り過ぎるのをじっと見上げていた。近づくにつれ彼女はランドセルを背負っているので下校の途中らしいと判ったが、盛岡なので知っている小学生は居ない筈だ、それとも知っている子なのかなあ、と思える程オイラをず〜っと見つめている。オイラと目を合わせても視線をそらさない。初めて見る子だった。通り過ぎてミーが綺麗な子だったと教えてくれた。何故あんなに見ていたのだろうかと呟くオイラに『変なジーちゃんを見ていたんだよ』と云う。以前小さい子を連れた母親がオイラを見て『お侍さんみたいだねえ』と驚きの様子で子供にに話しかけていた。おいおい、そういうことは充分距離をおいてから云うんじゃないのかい?と思ったが、そんなに驚かせたのかい?と笑ってしまった。


26(金)
朝、オラの農作業の助言者でもあるご近所の先輩から電話。真冬に逆戻りでまとまった積雪のために停電したのかと思ったが、ブレーカーが落ちてたよと仰る。以前、朝起きてコーヒーメーカーのスイッチを入れたがコーヒーができ上がらない、と云うので見に行ったらブレーカが落ちていた。高い処にあるのでオイラに電話すれば何時でも来るよ、と伝えていたが、今回自分で椅子に乗り『死ぬ気になって』頑張って回復させたと仰る。その様なことで『死ぬ気に』ならずオイラを呼ぶように云うのだが、遠慮が先に立ってしまうようだ。時々、年老いて役にたたなくなってと仰るのだ。その言葉を聞く度にオイラには非常に役立つ助言を与えてくれてるぜ、と申し上げるのだが。珈琲を飲みたい時の気持ちは充分に判るし、オイラの身長が役に立つのなら嬉しいんだから遠慮なんかはナシ!と強く申し上げた。先輩たちの知識は皆の宝なんだぜよ。


28(日)
ご近所を散策。夜の間に結構降った雪、冷えた土の上に大分残っている。ここ数日間、空を飛びながら鳴く白鳥の声が届いている。昼間、近所の田んぼに餌をついばみに来て、夕方少し北に位置する池に帰るのだが、今年は声は聞くが姿を見ていない。近所の池に行けば会えるかなと足を延ばす。鳴き声が聞こえて木の陰に白い色が見える。田んぼの土を洗っているようだ。他の水鳥もノンビリと泳いでいる。☆盛岡にも渡って来る白鳥だが東和町のような田舎を選んで渡ってくる連中もいて面白く感じている。都会の喧騒は厭なんだ、静かな田舎が好きなんだよ等と思っているのかな。久しぶりに小高い丘を越えて散策して白鳥の姿を間近で見ることができルンルン気分で歩いていると何年振りかで散歩するワンコに出逢えた。一緒に歩く先輩も元気そうだ。