2016年1月

 5(火)
明けましておめでとうございます

二日、三日の箱根駅伝で健闘するランナーの映像を見ていると、生まれ育った東京、品川の第一京浜国道の歩道から応援している幼い自分がTVの画像のなかに紛れ込んでいるように思ってしまう。走る大学生の姿は大きく、オジサンに見え、あっという間に走り去っていった。そのスピードは今も印象に残っているのだが、あの走っていた若者と同じ年頃になっても、子供の目で感じた『大人っぽさ』は自分のなかには見当たらなかった。常に子供っぽさが抜けきれない自分を感じながら現在に至っている。箱根駅伝はオイラが通っていた大学が各区間一位のまま優勝した。彼らの健闘と沿道の風景を見終わると、青山キャンパスの佇まいとその頃の自分が脳裏にうかぶ。幾らかは成長したのだろうか、いやはやスットコドッコイのまんまだい。


 7(木)
休んだ日に『時計の見方』の授業があったのでよく判んないんだ、と云う孫娘とオイラで『時計の見方』について考えてみた。こんな時には大昔にさかのぼって『時の流れを計る物差し』を考えだした人々を登場させ、膨大な観察と考察によって獲得した『時を計る物差し=時計』の読み方を考えるのに一時間。オラも疲れたが彼女はもっと疲れただろう。殆ど判らないことをジージが喋っている、と半分以上寝てたかもしれない。しかし素早く覚醒してコタツに寝転んで持参したDVDを楽しそうに観ている。オイラは新しい珈琲を淹れ、工房で音源編集。これがオイラの今日のオベンキョウなんだよ。


11(月)
久しぶりの明るい陽射しがあるので、外に出て沿岸に向かい、想いを音楽にして届ける。時々小鳥がやって来てチュチュと一緒に歌ってくれたが三十分で指がかじかんでギターの弦を押さえる感覚がなくなる。☆凍えた指が徐々に温まりキーボードを打っている。思えば、あの日も今日の様な陽射しだった。経験のない激しい揺れで棚からものが落ち、オレの背丈程の冷蔵庫がユッサユッサと揺れていた。外に飛び出す。玄関前では車も揺れている。やっと揺れが収まり家に入るが停電。どのような状況なのか判らぬ不安のなか携帯電話で家族や友人の安否を確認してる最中にバッテリーが切れ、地元の放送局で演奏した時に頂戴した充電式のラジオだけが頼りだった。そして大津波による被害の報道。幸い反射式の石油ストーブがあったので引っぱり出して暖を取りながらラジオに耳を傾けていた。やがて日が暮れたがローソクの灯かりが有難かった。数日して電気が回復し沿岸での被害映像がいきなりTVから流れ唖然とした。続いて原発事故。☆あの大震災でこころのなかの何かが壊れ、四年十ヶ月経ってしまった。


14(木)
昨夜まとまって降った雪の画像を撮りHPの更新の準備OK、その前に空腹を訴える孫娘とモチをレンジでチンしているとTVで激しい地震が北海道であったと伝えた。震度を確認していると岩手でも揺れ始めた。結構激しい揺れなのでコタツから出て立つように指示。しばらくして揺れが収まりホッとする。何故立てって云ったのと問われ、外に逃げる準備だよと応えながら、彼女の大震災の記憶はどの程度なのだろうかと考える。その後のニュースで特に大きな被害がないのを確認し、彼女はモチに海苔を巻いて食べている。いつもは驚くほどのオシャベリなのだが黙って食べているのは、当時の怖かった記憶のせいか。☆お昼前に、残り少ない冬休みも飽きたのではないかと問いかけ、全然飽きないよと応える彼女に『オベンキョウの大切さ』を説教くさく話そうと思っていた矢先の地震。無事で元気でいるのが一番かとニタリとする。午後になると田んぼに積もった雪も殆ど溶けていた。


16(日)
昼前に買い物に出かけ山羊の小屋の裏を通ると挨拶をしてくれる。小屋の裏が北なので雪が残っている。車の運転を止めてから此処を歩く度にジッと見つめてくれる。今日の様に厳しい寒さを共有する日は風邪引かぬよう気をつけようぜと声をかける。たまには空腹を訴えるように鳴くこともあるが大体は無口の二人だ。大震災の頃に生まれ、その愛らしい姿を思い出しながら「大きくなったなあ」と云うと「いつもおんなじことをいうんだね」と云うような眼差しをして「なにかたべるものはないの」とすり寄って来る。何も持ってないんだよ、腹ぺこか、と角の間を掻いてやる。買い物に行ってくるからさと別れの挨拶。買い物はスーパー一ヶ所で済むが買うべきものが何処にあるのか判らぬので店員さんに問う。100%品物の在処まで連れて行ってくれ助かる、ありがたい。買い物を済ませ歩きだすと雪がちらちらして更に寒い。山羊小屋に近づくと「帰ってきたんだね」と二人で見つめてくれる。やさしい仲間だぜ、チョイとあったかくなる。


18(月)
白鳥たちが餌を求めて近くの田んぼにやってくるが、今朝は雪に覆われて餌を啄ばむのに苦労しそうだ。TVの全国天気予報を見ると、今でもついつい東京の天気や気温に目が行ってしまう。今朝は東京、新橋駅前の雪景色のなか歩く人々の映像が映り、首都高速はじめ各高速道路の通行止めを伝えている。続いて千歳烏山の駅では電車を待つ人々が駅から外に列をつくっている。東京での雪のピークは過ぎたようだが鉄道への影響を見ると、東北へ移ってくる雪の状況を心配。かつての東京の大雪を思い出す。小学低学年の頃に大雪が降り、父がスキーを手作りしてくれ、庭に雪を集めこしらえた滑り台を近所の子供とともにキャーキャーと楽しんだ。東京の子供たちは雪が降ると競い合って雪だるまをつくったもんだ。昔は岩手でも雪や氷と遊ぶ子供らは多かったと聞くが、今では外で遊ぶ子らは少なくなっている。静かに降りつづく雪は止みそうにない。どんどん積もっている。遊びに来ている孫はコタツのなかでケータイの時計を見て、9時59分59秒から10時0分0秒の瞬間を確かめている。お昼のニュースでは東京の鉄道への雪の影響を更に伝え、岩手でもこれから80pの積雪予報が出た。


20(水)
どかっと大雪になっちまった。加えて激しい風による停電。水っぽい雪なので歩くのが大変だが、まだ降るらしい。東京でも雪による鉄道の混乱がニュース報道されたが、家に辿りつく雪の残った裏道が厄介だろう、と友の顔がうかぶ。☆しつこく続けている音源編集、不要な低域を削ったつもりだが、どっこい残っていて影響が大きい。蓄積される脂肪量を抑える意識はあっても、運動不足で脂肪を燃焼しきれぬ自分の状態がカブッテ見えるようだ。☆今メールでイーグルスのグレン・フライが亡くなったとの知らせが入った。インターネットによると、関節リューマチ始め合併症を抱えていたとのこと。ベースを始めた頃でイーグルス創立当時から気になるミュージシャンで♪Take It Easy♪が思い出される。♪Hotel California♪が彼らの傑作と云われるがオイラは初期の作品から影響を受けている。特にグレンの歌には。謹んでご冥福を祈る。


21(木)
朝から気持ちよく晴れている。家の庭には20p位積もる雪。外に出れば主な道路は除雪されているので歩きやすいが、広い車道の雪を歩道に寄せている処ではその山を乗り越える横断歩道の両側が危険だ。気合いを入れて乗り越えないとバランスを崩し転びそうになる。☆音楽も、各楽器のバランスが非常に大切だ。デジタルでの音づくりでは過剰な色付けに陥りやすい。これは実際にオイラの経験で実証されている。微妙な音の流れを覆い隠してしまうし、大変聞きにくい音になってしまう。☆あそこのコンサートホールは音が良く響いていたなあと実感するホールは、ステージで演奏される音を損なわずに程良い残響を加え客席に伝わる音場だ。どんな場所でも空間を囲む何かに反響する。音楽を構成する楽器が多ければ、それぞれの楽器特有の反響を伴うので、音源に一つのデジタル残響を施しても自然な残響にならない。時々小鳥が鳴く外を歩き周り冷え切った身体を温め、カフェオーレのカップを持って音源編集を始める。


25(月)
又昨夜大分積雪があり朝は白い世界だった。午後30分位歩いてみると、日中少し溶けたが昼過ぎに、それが凍って大変歩きにくい。ここ数年コケないでいるが危ない危ないと声に出し歩く、気温はかなり低いようだ。歩幅を狭く膝の力を抜かないとツルりと滑る。山羊たちは寒いのに外に出て挨拶してくれる。前から来た数人が田んぼのあぜ道をキャーキャー云いながら歩いて行く。皆背が高いがランドセルを背負っている。ほう、小学生だったのか。歩きにくい〜と大きな声を出しているが随分楽しそうだ。新しい雪の感触を楽しんでいるんだなあ。キュッキュッという音が遠ざかるのを山羊たちは首をかしげて見ている。子供たちも元気だが山羊くんたちも元気だなあ。オラ〜寒くて身体がカチカチだぜよ。裸足で雪の上に居るなんて凄いねえ、霜焼けにならないのかい?、頭をガリガリとかいてやりながら問うと、口をムシャムシャしながらメエ〜と喉を鳴らす。ちょいと歩いてくるからバイバイと挨拶し別れる。耳がかじかんできた。コートから出ている手を袖の中に入れ気合いを入れ散策を続ける。陽射しはあるが吹く風の冷たさが顔に刺さる。一回り転ばずに歩いて身体は冷え切った。


27(水)
連夜にわたり降っていた雪も昨夜はお休みしたようなので畑の土に活けておいた大根を掘り出そうと思うが、雪に覆われ在処が見つけられない。見当を付けた辺りの雪を除き午後に再度挑戦しようと思う。シャガレ声のカラスがグループで何か云っている。埋めた場所を示す目印を立てておくべきだったのに、と聞こえる。その通りだぜよ。★随分前につくった♪ほうほうの子守唄♪の音源を見直している。ギター2本にウッドベース、バックヴォーカルが一人で後半にストリングスとフルートがソロヴォーカルを支える構成だが、気になる部分があるのだ。演奏開始から1分58秒辺りの2小節フレーズ(黒く反転した部分)の中の1拍、秒数にすると0.290秒が、タッチが強すぎて半拍のヴォーカルが歪んで聞こえる。音楽の流れを損なわずに、気にならない程度にと、ここ数日試行錯誤しているが、良くならないので音源編集をする素質自体を欠落しているのではないか、と思い始めては、もしも誰かがこの音源を聴いてくれるのなら、気持ちよく聴いていただきたいからと自らを激励しながら。前後の音量を調整し、いくばくか聴きやすくなったかな。ひぇ〜疲れたよ。★午後、再度畑を見てみる。やや土を盛り上げた場所がまだ判らない。周辺の雪を取り除くが、まだ判らない。週間気象情報では幾らか暖かい日が続くらしいので、土も掘りやすくなるだろうから、それまで待つことにした。ひとり居残ってオイラを見ていたシャガレカラスが一声鳴く。賛同の声として聞いておこう。今日はあったかくていいなあ、調子はどうだい?と見上げると首をかっしげてもじもじしている。その様子が愛らしい。


30(土)
音源の見直しで行き詰るとヤタラ珈琲が飲みたくなる。頭の回転を良くしようというのではなく、旨い珈琲が欲しくなる。最近はもっぱらカフェオーレで飲むので冷蔵庫を開けると牛乳がない。編集の成果がイマイチなので直ぐに味わいたい。外に出ると陽射しがないのに左程寒くない。歩く道路も乾いている。遠くの山が白くなっているが、田んぼの雪は大分溶けて稲の切り株が見えている。山羊小屋近くだが珍しく姿が見えない。小屋に向かって『ヤッホー』と声をかけるとヒズメで何かを蹴って挨拶をしてくれた。スーパーまでケッコー早足で歩く。300mを早足、普通に100mを繰り返す。帰って30分以内にカフェオーレを飲むんだ。乳製品なら何でもイイらしい。何にイイかって?、忘れたがイイらしい。往復1q位かな?チョイと汗ばむのでヤッパリあったかいのじゃ。最後の300mは『そんなに急いで何処行くの?』という感じでダッシュ。早速カフェ―オーレを味わう。健康にイイらしい味と風味じゃ。何にイイかって?年寄りには特にイイらしいのじゃ。気のせいか音源がしっかりと聞こえる。


31(日)
音源編集の合間、何の前触れもなくあるシーンが脳裏に浮かんだ。「溝渕ぃ!何かうたえよ〜」という声が広がった。場所は中学の卒業謝恩会の体育館。拍手に押され壇上に上がりマイクの前に立ち「では歌います」と何のタメライも照れもせずにニール・セダカの♪恋の片道切符♪を歌いだした。そのシーンが何故突然脳裏に浮かんだのか判らないが、その模様がはっきり再現されビックリした。♪Choo choo train chuggin’ down the truck...♪とアカペラで歌いだすと、女の子達がキャーと黄色い声をあげながら拍手する。何か歌えと云われホイキタと歌う状況はどうして生れたのだろう。中学入学当時の身長は130pのチビで三年間剣道にのめり込み、平均より子供っぽい子だった。小学二年生で学区外に引っ越し、そのまま小学校に通っていたので、中学では近所の何人を除く見知らぬ学友に囲まれていたが、英語の授業が好きになり、好きなポピュラーソングを大きな声で歌いながらクラブ活動の体育館へと向かう日課だった。剣道の稽古着姿で英語の歌をデカイ声でうたいながら廊下を歩く少年。全校で『変てこな奴』だと思っていたのだろうなあ。謝恩会で歌いだすと誰かがテーブルに飾られた花を抜き取りステージのオラに差し出す。その花をハンドマイクに仕立てると、又拍手。二人の女の子が走って出てきて歌に加わる、盛大な拍手、アンコールかい?じゃ♪恋の日記♪をやります、と三人でイントロのコーラスから始めた。無邪気な子供らがヤタラ気持ちよく歌って、みんなではしゃいでいた不思議な光景。何処かに写真があるはずだ。